エッセイ『鳩の激突、そして』

「鳩の激突」と検索すると、鳩や鳥類がガラスにぶつかって、落ちて傷ついたり死んだりしたところを見た人は少なくないようだ。ところが、私が見たのは……

『鳩の激突、そして』

何を急いでいたのかは分からない。

気配がして、ふと振り向くと、私の頭上のさほど高くないところを、後ろから、一羽の鳩がすごい勢いで飛び過ぎていった。
大学の構内を学食に向う途中、農学部前のT字路に差し掛かったところだった。

違和感を覚えた。
鳩がまっすぐ突き進んでいくそのすぐ先には十階以上もある建物があったからだ。
まるでその建物が存在していないかのように鳩は一直線に飛んでいく。
1、2秒後に鳩は、二階の、少し張り出した大きなガラス窓にまともに突っ込んだ。

ドンという鈍い音が響いた。
ガラスは割れず、鳩はそのまま真っ逆さまに落ちていった。

当然、そのまま地面にぶつかると思った。

ところが、地上から2メートルを切ったあたりで鳩の翼が動いた。

ひと振り目はゆっくりだった。
でもその動きは思いのほか力強く、確実に空気を捉えた。
鳩は素早く羽ばたき始めた。
地面へもうあと数十センチというところで落下が止まった。

建物の反対側に向かって地上すれすれに数メートル飛び、道路を横切りながら少しずつ上昇した。
そして、道の反対側にある、2メートルほどの高さの、木の枝に辿り着いた。
鳩のやつは枝の上で、一体何が起きたんだ? という風に首を動かしていた。

ガラス窓に目をやると。胴体の半分ほどの跡が付いていた。
ぶつかる直前に首を丸め、柔道の受け身のような形で背中からぶつかったに違いない。
だから気は失ってはいなかったはずで、それで地面直前で羽ばたくことができたのだ。

30秒ほどして、ガラス窓の部屋の中にいた学生らしき数人が窓のところに集まってきた。
たぶん中では結構すごい音がしたはずだ。でも彼らは何が起きたかわかってないようだった。
音がして、驚いて、なんだなんだと、窓辺に寄ってきた、ってところだろう。
彼らに見えるのは、その部分だけ窓の汚れの取れた、何かがぶつかったらしい痕跡だけだ。

私は、彼らを見て、それから鳩を見た。
鳩はもうずいぶん平常心を取り戻したらしい。
翼をわずかに動かしては、身体の状態を確認しているらしかった。
あのまま落ちていたら、さらに体へのダメージが大きくなったはずだ。
今度こそ頭を打って、死んだかもしれない。
それに地面に落ちてしまったら、しばらくはもう一度羽ばたいて飛び立つのは難しかったかもしれない。
そして、地上は彼らにとって危険がいっぱいだ。

鳩があの瞬間どこまで考えていたのかわからないけれど、とにかく生き延びる可能性の高い方法を瞬時に選び取ったのだろう。

木の枝に留まる鳩をもうしばらく眺め、それからその少し先にある学食に向かった。

もしかすると、あの鳩は、農学部の斜面で餌をついばんでいて、学内でときどき見かけるあの美しい野生派の猫に襲われて、慌てていたのかもしれない。

初出:2018-08-24
修正:2018-09-18(改題、あらすじ追加)

美しき野生派の猫(公開中)

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